本校は昭和36年4月岸中と原山中の校舎を借用し分かれて発足し、その年、11月に新校舎(A棟)に移動し、名実共に、大谷場中が発足しました。
当時の中学生は学帽をかぶっていたので一刻も早く校章を制定し、記章をつくる要望が強かったとのことです。
当初は、PTA・生徒からの公募としましたがが意にそうものが集まらず、美術科の鵜野 光教論が創作したものです。
先生のお話によると、この校章は、浦和市の花・さくら草の花びらをもって大谷場中の「大」を表し、以前大谷場中の敷地周辺がなでしこの丘と呼ばれていたことから台になでしこの花弁を配しました。
さくら草の花びらは青とし、冷静さを、なでしこの花弁は赤くとし情熱を表しています。
共に草花を基調としたのは優しさ、円満さを願いとしているとのことです。